| 渡辺: |
確か日高さんは最初フレンチから料理の世界に入られたんですよね。
フランス料理の世界で一度しっかりと修業をされ、それからイタリアへ行かれたんだと記憶しています。 |
| 日高: |
そうです。イタリアでは86年から89年にかけてちょうど3年間修業しました。
そのうちの1年半は、フィレンツェの「エノテカ・ピンキオーリ」と、ミラノの「グアルティエーロ・マルケージ」で働きまして。残りの1年半で、北から南へ12軒のお店をまわりました。 |
| 渡辺: |
「エノテカ・ピンキオーリ」や「グアルティエーロ・マルケージ」といえば、どちらもミシュランで三ツ星を取ったこともある、イタリアを代表する名店ですよね。 |
| 日高: |
そうですね。フランス料理の場合、星の付いたレストランで修業しないと意味がないというような時代でもありまして。それでイタリアでもそういうところへまず行ったんです。
しかし、実際に大きく影響を受けたのは、その後まわったお店の方でした。田舎のレストランへ行ったときの方が面白かったんですよ。とくに影響を受けたのが南イタリアでした。 |
| 渡辺: |
なるほど。日高さんのお店の名前「アクアパッツァ」というのも南イタリアの料理の名前ですものね。 |
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| 日高: |
そうなんです。「アクアパッツァ」というのは南イタリアの本当にシンプルな魚料理なんですけど、南イタリアで修業しているときにその料理と出会って、ものすごいインパクトを受けて店名にしたんですね。
イタリアでも、ミラノやフィレンツェといった北の方は、レストランを向上させよう、良い店をつくろうというと、みんなフランス料理的なものを目指すといったところがあるんですけど… |
| 渡辺: |
北の方は、料理がテクニカルですよね。 |
| 日高: |
そう。それに比べて南の方は、“おらが国の料理”というものをとても大事にしていて、またそれがとても美味しいんですよ。私がイタリアに行く前に抱いていたイタリア料理に対するイメージがまさにそこにあったんです。 |
| 渡辺: |
南イタリアにはどれぐらいの期間いらしたんですか? |
| 日高: |
南イタリアで修業したお店は2店だけです。期間も2ヶ月ほどでした。 |
| 渡辺: |
3年間のうち2ヶ月だけ過ごした南イタリアから大きな影響を受けたというのは、よほど南の料理のインパクトが強かったんですね。 |
| 日高: |
本当にそうですね。 |