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冒険家
1940年、英国南ウェールズ生まれ。17歳でカナダへ渡り、その後、カナダ水産局北極生物研究所の技官として、海洋哺乳類の調査研究にあたる。エチオピアの猟区主任管理官やカナダ水産調査局淡水研究所の主任技官として活動。64年初来日。80年長野県黒姫に居を定め作家活動に。以来、エッセイや講演などを通じて、環境問題に積極的な提言を続けている。95年日本国籍を取得。84年より森の再生活動を続け、2002年財団法人C.W.ニコル・アファンの森財団を設立。著書に「勇魚(いさな)」「C.W.ニコルの黒姫通信」「風を見た少年」など多数。2005年、英国エリザベス女王より名誉大英勲章第5位を授与される。 |
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イギリスで育った私にとって、穀物粉、とくに小麦粉から作った食べ物は日常生活の一部だった。その大半は日本でもおなじみだ。もちろんパン、パスタ、ピザ、パイなどは世界共通だが、カナダを初めて訪れ、イヌイットの人々と暮らし、旅したとき、私はイヌイットの必需食料品である「バノック」に出会った。
もともと北極地方に多くの西側の食品を伝えたのは、捕鯨船員、その多くはスコットランド人だった。彼らは小麦粉、オートミール、紅茶、コーヒー、ジャム、ベーキングパウダーなどを持ち込んだ。パンもあったが、パンを作るには暖かい場所でイーストがパン生地をふくらませる必要がある。寒冷地ではこれがきわめてむずかしい。簡単に作ることができて、簡単に貯蔵できるのがバノックだった。イヌイットのバノックは白い小麦粉とベーキングパウダー少々に水を混ぜて、厚い生地になるまでこねる。その後、ラードかアザラシの脂を薄くひいた鉄のフライパンに入れ、弱火でこんろ(最近ではコールマンのこんろが多い)にかける。生地の表面に小さな穴ができるまで待ち、ひっくり返して裏を焼く。裏表ともにこんがりと焼き色がつき、パリパリとしてきたら、焼き上がりだ。
バノックは地元でとれた肉や魚とともに食べる。イヌイットは甘いものが大好きなので、ジャムをつけて食べるのも好きだ。ピーナッツバターも人気がある。
バノックにはさまざまな種類がある。かもめやあひるの卵、木の実が手に入るときは、生地にまぜこむ。狩猟に出るときは箱か防水の袋にバノックを入れていくが、奥さんと一緒に旅するときは、奥さんが毎日バノックを作る。
大きなテントで旅をするとき、私はバノックをベーキングパウダーではなくイーストで作る。生地を入れたボウルをお湯の入ったひとまわり大きいボウルに入れ、タオルでふたをして生地をふくらませる。鉄のダッチオーブンがないときは、鋳物のフライパンを使って弱火で焼いた。金属のボウルをかぶせて熱を保ち、最後の最後までイーストでパンが膨らむようにする。バノックはベースキャンプのオーブンで焼いたパンよりも、みっちりとしていた。イヌイットの友人たちもすごく気に入っていた。
この機会に、日本の珍しいパンの話をしよう。名古屋でレストランを経営する関口英世さんは、黒姫にビールの醸造所を作った。彼はビールの搾りかすが大量に出ることに悩んでいた。本物のビールは大麦の麦芽から作られる。沸騰したお湯に麦芽を浸して取り出した糖を酵母がアルコールと二酸化炭素に変える。大麦の90%が搾りかすとなるが、そこにはタンパク質、ファイバー、ミネラル、ビタミンなど身体にいい物質がたくさん含まれている。豚や畜牛を育てている農家はビールかすの利用に興味がない。集めるほうがたいへんだからだ。
私はビールかすからパンを作るというアイデアを推進した一人だが、西洋人であるためにパンは粉から作るという先入観があった。ビールかすを乾かして挽いてはどうかと思ったが、多くのエネルギーが必要とされるうえ、温かく湿ったビールかすには加工の過程でカビが生えやすいという問題があった。
しかし関口さんは西洋的な思考様式をもっていなかった。そこで、こう考えた。パン作りは普通、穀物を挽いた粉に水を加える。それなら温かく湿ったビールかすを挽いて、ペーストにしてはどうだろう。
彼はビールかすを挽いてペーストにする機械を発明した。そこに小麦粉を加えて、ファイバーとタンパク質たっぷりの薄褐色のおいしいパンを作り出した。ピザの皮としてもすばらしい。パンとピザは信濃ブルワリーのレストランでビールを楽しむお客さんのお気に入りだ。
どうしてもっと多くのビール醸造業者が、パン屋さんと手を組んで搾りかすを利用しないのか、私は不思議に思う。すばらしい食品なのに、残念なことだ。中国の穀物需要は高まっている。私たちには何ひとつ無駄にする余裕はないというのに。
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