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| 写真提供:広島県東京事務所 |
クレープのように薄くのばした小麦粉の生地に、これでもかというくらい、どっさりとキャベツをのっけ、次は天かす、次はもやし、次はネギ、次は豚バラ‥‥という具合に「重ね焼き」にしていくのが広島流お好み焼き(全国的には「広島焼き」とも言われます)のつくり方。具を混ぜ込んで焼き上げる大阪のお好み焼きと大きく異なるのはこの点ですが、どちらも明治時代に屋台や駄菓子屋の店先で売られていた「一銭洋食」「洋食焼き」が分化したもののようです。ボリュームたっぷりの広島のお好み焼きは元々、戦後の物資が乏しかった時代、小麦粉をみんなで分け合って焼け跡に残った鉄板で焼いて食べるとき、少しでも腹の足しになるようにと畑のキャベツをのっけて食べたのが始まりとする説があるようです。
今では、先にあげた材料の他に、定番のそば&うどんをはじめ、エビ、イカ、もち、チーズ、広島ならではの牡蠣などなど、具のバラエティも豊かになり、ヘルシーで栄養価も高い食品になりました。有名な「お好み村」をはじめ、広島市内のお好み焼き屋さんは1,000軒とも2,000軒とも言われています。ちょっぴり甘めの「お好みソース」をたっぷりぬりつけたら、テコを上手に使っていただきましょう。 |
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| 写真提供:広島県東京事務所 |
日本三景のひとつ、広島県は宮島の銘菓と言えば「もみじまんじゅう」。広島県の県花、宮島町の木にも指定されているもみじは、時として赤ちゃんのかわいい手に例えられることもありますが、一説によると、明治時代に宮島を訪れた伊藤博文公が、茶屋の娘の手を見て「なんとかわいい、もみじのような手だろう」とか「お菓子にして食べてみたい」と言ったのに着想を得て誕生したということです。
小麦粉に、砂糖、卵、ハチミツ(または水飴)をまぜたカステラ風の生地をもみじ型に焼き上げ、中にはアズキのこしあんなどが入ります。1980年頃、漫才ブームが起きたとき、B&Bの島田洋七さんが発した「もみじまんじゅー!!」というギャグが火付け役になり、一気に有名に。その後は、粒あん、チョコレート、クリームチーズ、抹茶、栗、芋、フルーツなど、さまざまな味のもみじまんじゅうが登場しました。現在、宮島にはおよそ20軒のもみじまんじゅう製造業者があり、その味を競い合っています。宮島を訪れたら、店先で焼きたてを賞味するのがおすすめですよ。 |
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| 写真提供:広島県東京事務所 |
大林宣彦監督の“尾道三部作”(「転校生」「時をかける少女」「さびしんぼう」)の舞台として、また、志賀直哉が「暗夜行路」を執筆したり、林芙美子が女学生時代を送ったりと「文学の街」としても有名な尾道。最近は「尾道ラーメン」も名物として知られるようになりました。さして広くもない街には二十数軒のラーメン屋さんが建ち並び、人気店には行列が絶えません。
鶏ガラをベースにしたしょう油味のスープに、ストレートな平打ち麺。具はチャーシュー、メンマ、青ネギ‥‥と言うと、なんとなく普通に思われますが、小魚のダシを加えるお店が多いのが瀬戸内らしいところ。それともうひとつ、豚の背脂、それも関東で流行の“背脂系”とはちがい、ミンチ状の大きな脂がぽろぽろと浮かんでいるのが尾道ラーメンの大きな特長と言えるでしょう。この背脂が、あっさりめのスープにコクと甘みを与えてくれます。雑誌などで紹介されている有名店でも400円台が中心という、庶民的な価格もうれしいばかりです。 |
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