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「三輪そうめん」の歴史は非常に古く、一説によると今からおよそ1,300年前の奈良時代、現在の奈良県桜井市三輪にある大神(おおみわ)神社の神主が、地域産業の発展のためにつくったものだと言われています。江戸時代、お伊勢参りの宿場町として栄えた三輪で旅人が食べた「三輪そうめん」の味と名声は全国に広がり、江戸中期の書物『日本山海名物絵図』には「名物なり。細きこと糸のごとし、白きこと雪のごとし、ゆでてふとらず、余国より出づるそうめんの及ぶ所にあらず」※と紹介されています。
「三輪そうめん」がつくられるのは11月から4月にかけての寒い季節。この時期でないと、コシの強い麺はできないと言います。基本的には江戸期からの「手延べ」製法が受け継がれていて、良質な小麦粉(強力粉)を塩水でこね、綿実油をぬりながら細く、長く、熟成をはさみつつ2日間をかけて延ばしていき、機(はた)にかけて天日乾燥させます。その後は蔵の中での長期熟成が待っています。高温多湿の梅雨を越すことを「厄(やく)」と言いますが、これにより、コシや風味がさらに増し、ゆでのびしない麺になると言います。2回梅雨を越した2年ものを「古物(ひねもの)」、3年ものを「大古物(おおひねもの)」と呼び、大古物のほうがよりコシが強い仕上がりとなります。夏は氷を浮かべて、冬はにゅうめんにしてシンプルに、麺自体のほのかな旨みや甘味、歯ざわりを楽しみたいものです。
※『日本山海名物絵図』の記述は、『小麦粉料理探求事典』(岡田哲 編/東京堂出版)より引用させていただきました。 |
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