古代エジプト人は発酵パンを神からの賜り物と信じていた。1000万個のパンを神への貢ぎ物とした王もいたし、ラムセス3世(紀元前1200ごろ)のように死後の生活のためにパンでつくった神殿とともに葬られた王もいた。それより以前の中王朝期(紀元前2100〜1800ごろ)にすでにエジプト人は牛やカバなどの動物の形をした祝祭用のパンを焼いていた。
祝祭用パンといっても、最初は普通のパンが神にささげられたのだろうが、文化が発達するにつれて特別に祝祭用のパンや菓子がつくられるようになってくる。ギリシャ人ははちみつやアーモンド、干しブドウなどを使って上等の菓子パンをつくり、神々の祭りや戦勝の祝い、婚礼の宴を楽しいものにした。
ローマの教会で行われた婚礼の儀式では“パンの契り”が交わされた。当時の円形のパンで表面に十字の割れ目が入っているものが多いのは、神への信仰という面と、「契り」のときに新郎新婦がパンを2つに割りやすいようにという合理的な配慮があったらしい。
現代も残っている祝祭用のパンとして有名なものに、ドイツのゲビルトブロートがある。かつてはいけにえ用の獣の代用品となったもので、小鳥や馬、星、車、花輪など、いろいろの形に宗教的な意味をもっている。
ドイツ系のソフトパン、ブレッツェルも中世の僧院で焼かれた祝祭用の特殊なパンの名残りで、三角形を3つ組み合わせたパターンは古代エジプトのピラミッドにも通じる神と人と自然のサイクルへの信仰を表したもの、ともいわれる。そういえば、クロワッサンも月への信仰の象徴と見る説もある。
ほかに、フランスで1月6日、公顕節(エピファニア)の日にソラマメや陶製の人形を隠して焼かれるガレット・デ・ロア。古代ローマの結婚の女神ジュノーの祭りに上等の小麦粉を使って菓子を焼いたことに由来するというイギリスの干しブドウ入りシムネルケーキ─祝祭用パンのいろいろをあげればきりがないぐらいだ。 |
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