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パンのこぼればなし
秦檜(ハンクワイ)と油条(ユウテイヤオ)
中国の朝、こんがりと小麦色に揚がった、細長いパンのようなものを求める人たちの姿が、どこの市場にも見られる。これが油条(ユウテイヤオ)である。小麦粉を練って発酵させ、30cmぐらいの棒状にしたものを油で揚げる。中国の人たちは、これをそのまま食べることはもちろん、豆乳に浮かべたり、ちぎっておかゆの中に入れたり、焼きもちをはさんで食べたりもする。

油条は炸油条(チャーユウテイヤオ)、油炸鬼(ユウチャークイ)、油炸檜(ユウチャークワイ)などとも呼ばれているが、源は油炸檜。油炸檜とは「秦檜を油で揚げたもの」の意味で、秦檜とは、南宋時代の漢奸(かんかん)、秦檜のことだ。

秦檜は、北宋が滅亡した靖康(せいこう)の変の際、徽宗(きそう)皇帝とともに夷狄(いてき)、金に捕虜として連行された。しかし、金の実力者に認められ、許されて帰国したのちは金との和議派として活躍することになる。宋の高宗は秦檜を宰相に抜てきするが、官僚、武将を始め、周囲の反対で一度は失脚してしまう。だが、ふたたび宰相に返り咲いてからは、忠臣岳飛将軍を無実の罪で獄につないで殺すなど、徹底的な反対派弾圧を行い、強引に金との和議を成立させてしまう。

その後も、秦檜の権勢は衰えることなく、一族は繁栄したが、この売国奴に対する人々の恨みは長く消えることがなかった。その民衆たちが、秦檜と彼の妻を2本の小麦粉の棒に見立てて、油で揚げて恨みをはらしたのが、油条の始まりだという次第。中国人は徳も忘れないが、恨みもまた忘れない。
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