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小麦粉博物誌
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パンのこぼればなし
パンでつくった酒
「楽しきはビール、苦しきは旅路」

こんな詩を粘土板に残したのは、チグリス、ユーフラテス河の下流に古代メソポタミア文明を築いたシュメール人である。彼らは「ビール・パン」と呼ばれる特別なパンを材料にビールをつくり、盛んに愛飲していた。およそ紀元前4000〜3000年のころである。

その醸造法は、脱穀したエンメル小麦に、大麦の麦芽を加えて砕く。そして、この粉に水を加えて練り合わせ、放置したあと、釜に入れて焼き、麦芽パン、またはビール・パンをつくる。次にこのビール・パンを再び砕いてから土器に入れ、水を加えて熱してかゆ状にし、自然発酵させるというものだった。ビールを“液体のパン”と呼ぶ由来はここにある。

このビールは、製法から考えて、今日のものよりアルコール度も低く、ホップが入っていないために苦味もなかったと考えられる。ただ、このビールはビール・パンさえあればどこででもつくることができ、薬としても使えたことから、砂漠の民であった人々にとって非常に便利なものであったに違いない。

シュメールを融合した古代バビロニアのハムラビ王のころになると、都市の各所に居酒屋ができ、ビールの種類も16種類を超えるほどになっていた。『ハムラビ法典』(紀元前18世紀)では、ビールに関する規則や罰則が制定されていたほどである。

古代エジプトにおいても、日々の食卓には必ずビールが添えられ、女性はもちろん子供までが飲んでいた。象形文字が描かれているロゼッタ石には、第5王朝時代(紀元前2500〜2350)のビールの製法が記されている。

やがてナツメヤシを原料としてビールができるようになったり、麦芽を火であぶっておけばパンなしでもできるようになると、ビール・パンは姿を消していく。

現在では、小麦を原料としてつくった酒は少ない。あっても他の穀物に混ぜて使用する場合がほとんどである。ロシアの代表的な酒ウォッカ、小麦からつくった餅麹を使った中国の酒、高橋照氏のチベット高原にある王国『秘境ムスタン潜入記』に登場するロキシーなどがその例だ。
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