あの<セビリアの理髪師>や<ウィリアム・テル>の作曲家ジョアッキノ・ロッシーニは知る人ぞ知る大のマカロニ党だった。
彼の後援者だった興行主バルバヤが<オテロ>作曲のためナポリに滞在中のロッシーニに「いい仕事をしてくれなければマカロニ料理を1日2皿に減らすぞ!!」とおどしたという話が残っているし、“ロッシーニ風”と名付けられたフォアグラのパテとトリュフの詰めもの入りパスタ料理というのもあるという。
イタリアでの成功をバックにパリ入りし、同市のイタリアオペラ劇場総監督に就任してからも、故郷のパスタが忘れられず、社交界のVIPを自宅に招いて催す昼食会や夕食会にもわざわざナポリから材料のマカロニを取り寄せた。その注文のために書いた1859年3月4日付の手紙の署名は、ふざけて「ロッシーニ・センツァマッケローニ」となっている。「マカロニが切れたロッシーニ」というわけだ。
「パスタをゆで、混ぜ、供するには、知性が要求される」
これもロッシーニ先生のマカロニ語録。 |
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