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クグロフの焼き型
自分で菓子を焼きはじめると、だれでも焼き型がほしくなる。形も大きさもさまざまな焼き型のなかでも、よく見かけるのがクグロフの焼き型。ひだのある、やや深い鉢のような型だ。

クグロフは今日、世界中の製菓学校のカリキュラムに必ず登場しているといわれる。ブランデー漬けのレーズンやオレンジピールを混ぜあわせた生地をいったん発酵させてからオーブンに入れる…人によっては“でっかいブリオッシュ”だなどといったりするようなこの田舎風の菓子がここまで広まったのは、あのマリー・アントワネットのおかげだという話は『ラルース・ガストロノミク』も認めている。

マリー・アントワネットがお気に入りの菓子、というだけで18世紀ヨーロッパにクグロフが流行したといえばおおげさなようにも聞こえるが、同時代の食通グリモ・ド・ラ・レイニエールがいったように、もともと「パリこそは菓子の都」なのだ。

しかし、フランス語に珍しくkで始まる名前からも察しがつくとおり、クグロフのふるさとはアルザス…ドイツとフランスが角逐を繰り返した国境の地方だった。ライン川をさかのぼった山懐のこの地方の郷土菓子として生まれたクグロフは、ルイ16世の王妃マリー・アントワネットよりももっと以前、ルイ15世に娘を嫁がせたスタニスラス・レクチンスキも大好物だった。美食王の誉れ高いこのポーランド王はクグロフにラムシロップをかけてアリババと名づけたりしている。これはのちにパリで、あの酒をきかせた銘菓サバランとなる。

さて、この時代、菓子づくりにはビール酵母がよく用いられた。アルザス地方はホップの産地、ビールづくりが盛んである。ビールを発酵させるための酵母がクグロフにも利用された。6月の第2日曜になると、いまでもこの土地ではクグロフ祭りが開かれる。レシピは往時とまったく変わらない。

変わらないといえば、焼き型も同じ。鉢形の側面を少し斜めにねじれたように巻く太いひだ。このひだのいわれは、キリスト降誕を祝うために3人の王が東方からアルザスを通ってベツレヘムへと向かった。そのとき、3人の王は14の谷を越えた。ひだはその谷の象徴だ、という。もっとも東方の三賢王がはたしてアルザス地方を通ったかどうか、確証はない。
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