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ビスケットのビス(bis)にはラテン語で「2度、再び」の意味がある。フランス人が劇場で「ビス!」と叫ぶのは「アンコール!」のこと。ビスコクトゥム・パネム(ラテン語)、これがビスケットの語源で「2度焼いたパン」の意。
つまり、2度焼きしてカリカリに焼きあげたパンの一種で、紀元前3000年のバビロニアにすでにその原形があったという。また一説には、「ビスコクトゥム」は「2度煮焼きした」と訳すべきで、大昔のビスケットはいちど煮て、それから焼いたのだと。パンをおかゆのようにして、薄くして焼いたものか。
O・E・D(オクスフォード英語辞典)がいうと「どちらかといえば硬いほうの、カリカリした、乾いたパンの一種であって、通常、厚さの薄い、平べったいケーキにつくられたもの」そして「主要原料は小麦粉と水またはミルクであって、種なしである。ただし、菓子や高級品の場合には多種多様の材料や香味料を混ぜる…」このあたりが、ビスケットのいちばん要を得た定義のようだ。
硬くて、薄くて、小さい。“軽薄短小”の見本のようなものだから、旅行者や軍隊にはもってこいだった。エルサレムの聖地奪回に向かった十字軍の騎士たちの兵糧袋にも入っていたし、スペインの港を船出するコロンブスの船団にもどっさり積み込まれていたはずだ。もちろん当時のものは「菓子」でもなければ「高級品」でもない。日もちをよくするために2度焼きして水分を抜いたパンだ。美味ではなかったにちがいない。
修道院で精進日や忙しくて調理に手が回らなかったような日に食べたビスケットときたら、木づちでぶち割らないと、かみ砕けなかったというから、硬さが想像できる。
16世紀後半の南蛮貿易時代に長崎に伝えられ、そればかりか南蛮船の帰帆用に長崎の現地でつくられ、フィリピンに輸出までされていたというビスコウト(ポルトガル語)はいくらか「高級化」されていただろうか。西川如見が享保4年(1719)『長崎夜話草』に「ビスカウト」と記したのは鎖国後80年のこと、味まではわからない。
1770年、きらびやかなパレードを従えてパリ入りしたマリー・アントワネットは、ババロアやメレンゲ菓子だけでなく、ビスケットの味にもうるさい人だった。
だから、後年、ジュ-ヌ・ベルヌが<八十日間世界一周>の気球に積み込ませたビスキュイ(フランス語)が、コロンブスのビスコチョ(スペイン語)より何層倍もおいしいものであったことは当然である。 |
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