名物コナモン探訪 ② コナモンライブラリ

名物コナモン探訪 ②

Vol.5

富士宮やきそば

いまや地域創生、町おこしの主役ともいえる
「B級グルメ」。
その始まりは「富士宮やきそば」だった!?
地域に眠った食遺産を名物にまで押し上げた、
担い手たちの姿を追います。

観光都市・富士宮市

意外と知られていないことですが、2013年6月にユネスコ世界文化遺産へ登録された「富士山」の山頂・剣ヶ峰(3776m)は、「富士宮やきそば」で有名な静岡県富士宮市にあります。富士山信仰は噴火を鎮めるため山そのものを遥拝していた、古代の富士山祭祀が起源。平安末期に始まった富士登拝は、室町時代には一般的になり、富士宮口は富士山表口として、にぎわうようになります。

晴れた日は、富士宮市街のいたるところから富士山が臨める

  • 富士山をご神体とする「富士山本宮浅間大社」本宮の鳥居
  • 「富士山本宮浅間大社」本宮の境内にある湧玉池

富士宮市街に本宮が立地する「富士山本宮浅間大社」は神が宿る山・富士山をご神体とし、奥宮は富士山頂上にあります。本宮境内の湧玉池では富士山の雪解け水が、年間14℃を保ちながら、1日20万トンも湧きます。富士山頂に太陽が重なり、それが湖面にも映る“ダブルダイヤモンド富士”。そんな絶景が見られる「田貫湖(たぬきこ)」は希少生物の宝庫で、酪農がさかんな「朝霧高原」、高さ20m、幅150mの流水パノラマ「白糸の滝」など、観光資源の豊かな場所、それが富士宮市です。

富士山と富士宮やきそば学会

以上のように、富士宮市は豊かな自然を有し、朝霧高原の酪農や湧き水を使ったニジマス、日本一の標高差を生かした多品種の野菜づくりなど、古くから多くの食資源に恵まれ、それを大切に育んできました。2004年には、<食の集積地、富士宮>を活かした町づくりを標榜し、フードバレー構想をスタート。そのキックオフシンポジウムには、私もパネラーとして参加させていただきました。以降、市長はじめユニークな人材によって、富士山の麓の町はグルメな取組みを推進しています。

いまでは全国区の「富士宮やきそば」が誕生したのは1999年のこと

「富士宮やきそば」の材料。右が「肉かす」、その左にあるのが「だし粉」

その代表格が「富士宮やきそば」。

富士宮生まれの富士宮育ち、<富士宮やきそば学会会長>渡邉英彦さんが、植木等の「無責任一代男」的、昭和流のウイットに富んだノリで、富士宮のブランディングとマーケティングの核にすえた、ご当地グルメです。地元のお好み焼店の定番焼きそばを1999年「富士宮やきそば」と命名したのが、誕生のきっかけでした。

地元の製麺所の蒸麺をソースで炒め、主な具材はキャベツと「肉カス」、仕上げに「だし粉」(イワシ、サバの削り粉)、紅ショウガ(通称ミカちゃん)を添えて提供されます。従来は天かすが使われていたようですが、天かすが不足していたところを地元の精肉店が着目。ラードをしぼった残りカスを油で揚げた“肉カス”を入れるようになりました。

  • 洋食焼(水溶きの小麦粉にネギなどをのせて焼いたもの)に麺を合わせた「しぐれ焼」も、富士宮のローカルフード
  • 富士宮やきそばの独特の蒸麺は、コテでしっかり広げて焼かれる

もともと製糸工場が多く、女工さんたちの“楽しみの食”の受け皿として、お好み焼店が多かったので、ねぎ焼きや洋食焼など、ウスターソースで味付けした庶民の味も、お店ごとにいろいろ工夫がなされていたようです。洋食焼に麺をあわせた「しぐれ焼」もその一つです。

富士宮やきそばを提供するお店には、だいたい大きな鉄板が1枚あり、囲むように座って、鉄板から直接コテでいただきます。おでんを置いているお店や、駄菓子屋の雰囲気を残すお店など。富士山のお膝元に30店舗あまり、地元の人だけでなく観光客らでもにぎわっています。

ご当地グルメブームの次なる展開

<富士宮やきそば学会>の渡邉会長はフードイベントブームの先駆けとなった「B-1グランプリ」を主催する<愛Bリーグ本部>の代表理事でもあり、2007年の「第2回B-1グランプリ」は富士宮市で開催され、その名を一躍、全国に広めました。それから10年、地方創生のキーヴィジョンとして「当地グルメ」が盛り上がりをみせるなか、渡邉会長は継承者育成をめざし、「日本高校会議所」なるアイデアを形にしています。

富士宮やきそばを手に持った、渡邉会長

  • 「のしこみ」の説明をする、<富士宮高校会議所>3代目会頭・高校生の遠藤祐太さん
  • 「のしこみ」の麺はきしめんに近い。魚介類も入る

母体となるのは一昨年スタートした<富士宮高校会議所>で、18名の高校生たちが会員となって、会頭の選挙も富士宮市民を巻き込んだ総選挙で選出されます。彼らは、高校生の視点で地域振興、ビジネスの手法を実践から学び、富士宮の活性化に向けて活動しています。3代目会頭・遠藤祐太さん、事務局長・時田定則さんが活動についてお話してくださいました。

その一つが「のしこみ」。

小麦粉をのして(のばして)煮込んだ小麦粉ベースの郷土料理の再発見。富士宮の郷土料理研究家・望月英樹さんの指導のもと、高校生の味覚を取り入れて、お祭りなどのブースで「のしこみ」は現代のテイストで復刻され、提供されています。

熊谷会長も入って、渡邉会長、<富士宮高校会議所>の皆さんと記念撮影

静岡県と山梨県を結ぶ交通の要衝だった富士宮の食文化において、やきそばの先輩格でもある「のしこみ」は、山梨のほうとうに対して「海鮮ぼうとう」とも呼ばれたそうです。平打ちで、印象はどちらかというと名古屋のきしめんに近いもの。山梨より海に近いため、かまぼこなど魚介系もはいり、かつおだしのきいたおだしとほどよい食感の根菜類がトッピングされ、バランスのいい一皿になっています。養鱒場もあり、豚の飼育にも恵まれた富士宮。この土地ならではの進化系「のしこみ」も誕生しそうな気配です。

ご当地コナモンが若い世代によって発掘、継承される現場におじゃまさせていただき、これからの展開に期待がふくらみました。

※写真は全て2018年4月の取材のときのものです

日本コナモン協会会長

熊谷 真菜(くまがい まな)

日本コナモン協会会長

熊谷 真菜(くまがい まな)

日本コナモン協会会長、食文化研究家。
1961年西宮市生まれ。立命館大学学位論文で「たこやき」、同志社大学修士論文で「代用食」をテーマにし、1993年に初の研究書『たこやき』(講談社文庫)でデビュー。2003年5月7日コナモンの日に日本コナモン協会を設立。10周年を機に、コナモンという言葉定着の次なるテーマとして「だしツッコミ!」を掲げ、400年かけて培われた旨みの技、粉もんはだしが命であること、大阪の食文化の奥深さを日本や海外のコナモン交流会、たこ焼、お好み焼教室で2万人あまりにご紹介。道頓堀たこ焼連合会、大阪鉄板会議主宰、全日本・食学会理事。

主著は『「粉もん」庶民の食文化』(朝日新聞社)。TV,ラジオ出演多数。 http://konamon.com/