それいけ!コナモン探検隊!

コナモンライブラリ

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遣隋使が伝えたコナモン

もともと小麦を粉にする技術がなかった日本では米粒食中心の食生活でしたが、奈良、平安時代の遣隋使、遣唐使らが持ち帰ったお宝のなかに、コナモンが存在しました。

隋に渡る前に海の安全を祈願した場所とされる大阪の住吉大社には、遣隋使が持ち帰ったコナモン=「餢飳(ぶと)」「糫餅(まがり)」の作り方が残っています。隋の一行は、奈良の春日大社にもコナモンを伝えたばかりでなく、饅頭や素麺の製法も伝えました。

ニッポンの元祖麺類


シルクロードの終着点である聖武天皇の品々を納めた正倉院には、漢代に現れた「餅」の一つ、「索餅(さくぺい)」の記録がたくさんあります。奈良時代の人々は、これを麦縄と呼び、好んで食べていました。

「むぎなわ 索餅 麦粉と米の粉をねり、縄のようにねじったもの。一年の瘧(おこり)を除くとす。索麺(そうめん)もこれに起こる」(『大言海』)。索餅の解釈はさまざまですが、鎌倉末期に出た『厨事類記』では、七夕にそうめんと唐菓子(からかし)を食べる風習を伝えています。

呼称はさまざまですが、そうめんを初めて食べた人たちは、喉越し爽やかなその食感に魅了されたことでしょう。高級な糸のようになめらかで、口触りのいいそうめんは贈答品として活用され、奈良から全国に広がっていったのです。

中国と日本で違う「麺」の意味

日本とは違い、中国で「麺」(miàn)は小麦粉を意味します。麺で作られたもの=コナモンの代表格は、餅(bǐng)。ちなみに日本の麺にあたるものは麵條(miàntiáo)で、ラーメンは拉麵(lāmiàn)に由来します。

日本語と中国語の名詞が同じ意味をもたないのは、食文化学においても謎だといわれています。

呼び名は違っても、小麦粉の魅力に気づき始めた日本人。一般の人たちがコナモンのおいしさに気づいたのは江戸時代。ここから一気に、庶民の食として花開くことになるのです。

参考文献:田中静一『一衣帯水 中国料理伝来史』(柴田書店 1987年)