それいけ!コナモン探検隊!

コナモンライブラリ

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「Have you eaten the KITSUNE?」

ポスターは大阪を中心に各地のうどん店に配布

きつねうどんを食べたこと、ありますか?

「大阪に来たなら、きつねうどんを食べてね」という思いをキャッチコピーにしました。

きつねでなくても、おだしたっぷりのおうどんは春先のまだ寒い季節にぴったり。

1876(明治9)年には「うどんや風一夜薬本舗」が創業し、温かいうどんを食べて薬を飲めば医者いらずとして話題に。

からだを温め、消化のよいうどんは関西人の体調を崩したときの食事として現代でも習慣になっています。

ヨーロッパには「UDON」という屋号のチェーン店があるほど、今や世界中で大人気の日本のおうどん。うどんに「お」をつけるのは関西ではよくあることなのですが、それだけうどんが大好きで、うどんへの思いが強い文化圏といえます。

いまでは各地のご当地うどんがそれぞれに美味しさを競う時代ですが、江戸時代の大坂は天下の台所としてすべての食材が集められた街だけに、食情報の発信地としても注目されていました。

奈良、大阪、京都・・・関西は1000年以上前から都があり、中国からのコナモン文化もいち早く取り入れられたエリア。

そうめんや唐菓子など時代とともに製造技術が蓄積され、安土桃山時代には海外からの食文化を和食にアレンジしながら豊かな食材をおいしい形に完成してきた長い歴史があります。

天下の台所で醸成された大坂うどん「砂場」ブランド

大阪市新町にある公園の石碑は1985(昭和60)年3月11日に「大阪のそば店誕生400年を祝う会」によって建立。

大坂城築城のとき、資材置き場「砂場」と呼ばれた場所にうどん・そば屋がありました。

「津ノ國屋」の創業は1584(天正12)年。
1757(宝暦7)年の『大坂新町細見之図澪標』には「津ノ國屋」「和泉屋」が描かれています。人々はうどんやそばを食べたいときに「砂場いこか」と、砂場は「うどん・そば」の代名詞となったのです。

新町の公園には1985(昭和60)年3月11日に「大阪のそば店誕生400年を祝う会」による「ここに砂場ありき」の石碑が建立されました。

『摂津名所図会』には、のれんに「す奈場」とある「砂場いづみや」の店先が描かれている

400年前のお店は、うどんもそばも同じように扱い、17世紀末あたりから北海道の真昆布だしをベースに、雑節、煮干しなどで旨味の相乗効果を編み出し、薄口醤油やみりんを加えたおだしたっぷりのかけうどん、かけそばが誕生したのです。

コナモンをだしで味わう習慣はこのころから醸成されたと考えられます。

それまでは味噌や梅干しなどをつけて食べていた麺がだしを得ることで、とくに寒い季節は麺類への人気が一気に高まったことでしょう。

諸国から集められた食材は大坂から京、江戸へ下っていきます。このことが、良いものは下るが、下らないものは良くないから、ということで「下らない」の語源になったようです。

時間をかけて麺類は各地の食文化として開花していきますが、江戸時代の資材置き場=砂場は、うどん、そばの代名詞として大坂から江戸に下り、砂場ブランドは麺類の名店としていまも健在。残念ながら大坂の砂場にあった2軒は残っていませんが、東京には砂場会もあり老舗麺類店として今も訪ねることができます。

うどんの超定番きつねうどんの魅力、寿司と麺類の不思議な関係

春うどんポスターのメインビジュアルをきつねうどんにしたのは、全国のうどんメニューとしてもっともポピュラーだからです。

しかし残念なことに、きつねうどんが大阪生まれであり、大阪のだし文化、日本の麺類文化の象徴的存在であることを知る人は大阪人でも少なくなっています。

大阪では寿司といえば押し寿司や稲荷寿司が主流。
麺類と寿司、両方扱うことが多く、1700年ごろ創業の「本家土手嘉」は能勢街道を行き来する人たちで賑わい、うどん以外に酒や寿司も提供。いまは8代目となっています。

おだしたっぷりの麺類と寿司は食べ合わせもよく、大阪の食い倒れの人気メニューとして当時も人気だったろうと推測できます。

「松葉家」は「うさみ亭マツバヤ」として、三代目が受け継いでいる。

きつねうどんの誕生は1893(明治26)年頃。

「松葉家」の初代宇佐美要太郎が稲荷寿司につかう甘辛く炊いた揚げと魚のすり身の天ぷらを素うどんと一緒に籠に盛って出したところ、お客さんがうどんに揚げをのせて食べるようになり、いつしかお揚げをのせたうどんがきつねうどんとして広がりました。

北海道の真昆布、土佐の鰹節、讃岐のいりこ・・・全国から厳選された食材を駆使して完成されたきつねうどん。松葉家の2代目宇佐美辰一さんは生前、こうお話しくださいました。

「あっさり、まったり、こってりは、関西の料理の基本やと思てます。

きつねうどんは麺が勝っても、だしが勝っても、具が勝ってもあきまへん。水も小麦も穏やかな性質でのうてはいかんのは、大阪のおうどんは何かひとつが勝った味、割り切れた味を嫌うからです。

まあ一口で辛いとか甘いとか表現できないのが大阪のおうどんの特徴です。子どもからお年寄りまで好かれるモチモチとした麺は、ただ餅のように柔らかいもんではおません。どこかにわずかシコシコの感じもあります。

これといって勝ったところのない穏やかな味でありながら、確かな存在感を感じさせる。つまり大阪のおうどんは、若い娘さんの肌のようにもち肌で、性質も柔軟性があって多くのものと添いやすいんです」。

あっさりしたおだし、麺、揚げを食べ進むうちに、お揚げの甘さがだしにうつって、だしの味わいが変化します。

だし、麺、具材の三位一体でいただくきつねうどんは最後のだしの一滴まで飽きさせないおいしさ。まさに大阪が生んだ文化遺産、うどんの最高傑作といえるでしょう。

大阪うどんが進化した、大阪讃岐うどん

江戸時代から続く「吾妻」のえび餅入りのささめきつね

1864(元治1)年には池田市の「吾妻」が創業。大阪最古のうどん専門店として現在も人気です。名物のささめうどんは細めの麺で、だしのおいしさをより強く感じることができます。

大正2年創業、「堀江やぶ」のあんかけきつね卵とじ

1913(大正2)年創業の「堀江やぶ」では、あんかけきつね卵とじが人気でした。きつねうどんの進化系として、あんかけの卵とじが熱を逃がさず、いつまでも熱々を楽しめるのです。

おろしショウガも効いているので、これを食べていれば風邪もひかないと言われるくらいです。残念ながら昨年閉店しましたが、このメニューを「釜たけうどん」など新しい店が継承しているのは嬉しいことです。

大正2年創業の「堀江やぶ」店先

江戸時代に花開いた大阪のうどん文化は、日本各地に影響を与えながら、明治、大正、昭和と店舗数をふやしてきました。

この20年は讃岐うどんの麺の太さを強調しながら大阪らしいゆでたて、揚げたて天ぷらをつかった大阪讃岐うどんのカテゴリーを確立。そのスタイルは大手のチェーン展開によっていまでは世界へ広がりをみせています。

全米一住みたい街として有名になったポートランドのスーパーマーケットですれちがったアメリカ人に、「うどん好きの子どものためにだしをつくる材料はこれで合っているかしら・・・」とたずねられたことがあります。

売り場には冷凍からチルドまでさまざまな麺類が並び、日本の売り場以上の品ぞろえに驚きました。

ニューヨークからのお客さんにきつねうどんを勧めると、これはベジタリアンも喜ぶ最高のうどん!とのこと。

和食の基本、だしを活かした大阪生まれのうどんが、季節ごとにだしの温度や具材を変化させながら、日本人はもとより、世界の人々に受け入れられていることを誇りに感じますね。

おすすめ商品紹介

参考文献
『きつねうどん口伝』宇佐美辰一 筑摩書房 1991年
『文化麺類学ことはじめ』石毛直道 フーディアム・コミュニケーション 1991年
『粉もん 庶民の食文化』熊谷真菜 朝日新聞社 2007年
『日本めん食文化の100年』奥村彪生 農文協 2009年

文・写真 日本コナモン協会会長 熊谷真菜 2020年2月