パンラボ池田浩明のパンの法則 愛され続ける定番パンを訪ねて

第3回 カレーパンを訪ねる。 デンマークベーカリー(練馬)/ブーランジュリ シマ(三軒茶屋) 第3回 カレーパンを訪ねる。 デンマークベーカリー(練馬)/ブーランジュリ シマ(三軒茶屋)

デンマークベーカリーの『カレーパン』

デンマークベーカリーの『カレーパン』

カレーパン誕生のストーリー

カレーパンの誕生は、1927年(昭和2年)に東京都江東区にある、カトレア(当時名花堂)によってなされたというのが公式の歴史。でも、もう一軒、同時期にカレーパンを発明したと言い伝えられる店があります。東京都練馬区にあるデンマークベーカリー(当時入船ベーカリー)です。

創業者 井戸錠市氏

創業者 井戸錠市氏

前会長 井戸公近氏 戸塚一丁目店(現西早稲田)の前で

前会長 井戸公近氏
戸塚一丁目店(現西早稲田)の前で

法則①創意工夫

創業者の井戸錠市氏は、1934年(昭和7年)に叔父の総菜屋の隣りでパン屋をはじめました。「工夫の錠ちゃん」と呼ばれるほど、いろんなパンを試作。カレーパンのアイデアもありました。隣りの総菜屋さんからもらってきたカレーを食パンではさんだところ、「ぽろぽろこぼれて食べづらい」と評判が悪い。あんぱんのようにカレーを包んでみたが、「ぱさぱさする」とこれも受けない。隣りで揚げていたとんかつをヒントに、カレーを包んだパンを揚げてみたら大当たり。現在までつづくカレーパンは、創意工夫が好きな人だからこそ生みだせたのです。

総菜屋のとんかつがヒントになって誕生

総菜屋のとんかつがヒントになって誕生

法則②製法を受け継ぐ

いま、カレーパンのイズムはどのように受け継がれているのでしょう?

発酵をとりすぎないこと(生地が油を吸う原因となる)、具をケチらないことなど、職人から職人へと伝えらえれているコツはいくつかあります。中でもデンマークベーカリー独自のスタイルは二度の火入れ。

「油で揚げる前に、オーブンで8割ぐらい焼いておきます。こうすると、さくっとして、歯切れのいいカレーパンになります」(統括責任者の鈴木さん)

たしかに、デンマークベーカリーのカレーパンはさくさくと音が鳴り、ほろほろ勝手に崩壊していく心地よさがあります。

油で揚げる前にオーブンで焼成

油で揚げる前にオーブンで焼成

法則③いつも揚げたて

二度火入れするよさは食感だけではありません。生から揚げるカレーパンだと、発酵がどんどん進んでしまうため、好きなときに揚げることができません。そのため、一度カレーパンを揚げたら売れるまでずっと放置されることになりがちです。ところが二度火入れする場合、一度オーブンで焼いてそのまま保存、好きなときに揚げることができます。

「一度にたくさん揚げないで、少しずつひっきりなしに揚げて、いつも揚げたてにするのが、カレーパンをたくさん売るコツです」

一度焼いておくと、通常5分、10分とかかる揚げ時間も、わずか1分と短時間。お客さんの注文を受けてから揚げることも可能です。

少しずつひっきりなしに揚げて 少しずつひっきりなしに揚げて

少しずつひっきりなしに揚げて

いつでも揚げたてを提供 いつでも揚げたてを提供

いつでも揚げたてを提供

法則④お客さんの都合に合わせる

揚げたてパワーを活かせば、こんな売り方をすることも。

「売り場まで持っていくときも、『カレーパン揚げたてです!』と言いながら、わざとレジ待ちのお客さんの列のそばを通るんです。そうすると、『カレーパンちょうだい』『私も』『私も』となって、売り場に着くまでにぜんぶなくなってしまうことがあります。揚げたてには衝動買いさせる力がある。パン職人は『こうじゃないといけない』ってかたくなになりがち。でも、本当はパンをお客さんに口まで運んでもらうのが僕らの仕事。売り場を見ながらパンを作ることで、お客さんの都合に合わせることができる。カレーパンにはヒントがいっぱいあるんです」

つねに売り場を見ながらパンを作る

つねに売り場を見ながらパンを作る

カレーパンの法則まとめ

カレーパンの法則まとめ ①創意工夫
②製法を受け継ぐ
③いつも揚げたて
④お客さんの都合に合わせる

カレーパンの最先端

東京・三軒茶屋のブーランジュリ シマ。客が注文してから揚げるカレーパンが人気の店。

きっかけは店主の島健太さんが「カリ~番長」こと水野仁輔さんに出会ったこと。スパイスを自ら調合して作るスパイスカレーのおいしさに目覚め、それまで作っていたルーによるカレーの改良を決意。カレーと生地の試作を繰り返すこと2年、やっとチキンスパイスカレーパンが完成しました(法則①創意工夫)。メディアにたびたび取り上げられる大人気のカレーパンになりました。

ブーランジュリ シマ外観

ブーランジュリ シマ外観

重厚さよりさわやかさ

目指したのは、子どもからお年寄りまで食べられるカレー。トマトの甘酸っぱさが心地よく、ごろごろ入った鶏肉も脂があっさり。びりびり痛めつけるような辛さはなくて、それよりも後味のすーすーとした感じが、とても爽快。舌にも胃にももたれないので、もう1個食べたいと思ってしまいます。

「食べ終わった感じが大事なんです。余韻が必要。物足りなさを残すのも必要な部分。もう一回食べたい。そう思わせると、ブーランジュリ シマの名前が記憶に残る」

秘密はスパイス。シナモン、クローブ、カルダモンなど全11種類。「食べられるスパイス」としてカレーリーフ、コリアンダー、マスタード、クミンなども入り、噛むたびに香りが飛びだします。それはインド料理屋で食べる本格スパイスカレーのような味わい。このカレーパンが伝統を受け継いでいるのは、日本のルーを使ったカレーよりも、むしろインド料理なのかなと思います(法則②製法を受け継ぐ)。

人気NO.1の『チキンスパイスカレーパン』 人気NO.1の『チキンスパイスカレーパン』

人気NO.1の『チキンスパイスカレーパン』

厨房にはスパイスが並ぶ 厨房にはスパイスが並ぶ

厨房にはスパイスが並ぶ

カレーパンは揚げたてがいちばん

デンマークベーカリーと同じく、揚げたてであることを大事にしています(法則③いつも揚げたて)。

「どうしたらこのカレーパンをいちばんおいしく食べてもらえるか? あつあつがいちばん。揚げたてがいちばんおいしいってみんな気づいててもやらない」

いつも揚げたてで出すために、技術的ハードルをクリアしました。

「お客さんに待ってもらえる時間は3分。そのために3分で揚げられる伸びのある生地にしています」(法則④お客さんの都合に合わせる

発酵が止まるぎりぎりの温度を突き止め、冷蔵で保存。注文があるたびに冷蔵庫から出した生地を油の中に投入。3分後には油がきらきら光る揚げたてのカレーパンが。生地を割ると、中から湯気が立ち上り、いっしょにスパイスの香りも飛散します。シンプルに小麦の甘さを強調した生地はナンをイメージしているとのこと。カレーととろけあう相性にすばらしいものがあります。

揚げ時間は3分

揚げ時間は3分

感動の原点は高校時代

揚げたての原点は高校時代にありました。

「毎朝6時10分。高校に通うために毎朝通る乗り換えの駅。開店前のパン屋に揚げたてのカレーパンとあんぱんが置かれていたんです。買えるかどうか聞いてみたら、『いいですよ』。揚げたてのカレーパン、めちゃくちゃおいしくて。それから毎日買った。帰りに寄ってもおいしくないんです。そのときのことが頭にあった。揚げたての感動ってパンチがあるんですよ」

揚げたての『チキンスパイスカレーパン』

揚げたての『チキンスパイスカレーパン』

カレーパンは揚げたて。奇しくも、原点の店、最先端の店、双方の意見が完全に一致しました。

あつあつのカレーパンには心が震えるような本能的なおいしさがあります。もしあなたがそんなカレーパンに出会えたとしたら、それはパン屋さんが、何度も揚げる手間を惜しまなかったから。

「おいしい」を聞くためになされた仕事は、食べる人に感動を与えます。

店舗情報

デンマークベーカリー 練馬店

住所 :
東京都練馬区練馬1-5-7
TEL :
03-3994-3741
営業時間 :
〈1F〉7:00~21:00
〈2F〉7:30~19:00
定休日 :
無し

ブーランジュリ シマ

住所 :
東京都世田谷区三軒茶屋2-45-7 グリーンキャピタル三軒茶屋103
TEL :
03-3422-4040
営業時間 :
9:00~19:00
定休日 :
パン教室開催の月曜日、火曜日、夏季、年末年始

池田浩明さんプロフィール

池田浩明

池田浩明

パンラボ主宰、ブレッドギーク(パンおたく)。東においしいパン屋あると聞けば行ってパンを食べ、西にすごいパン職人がいると聞けばその声に耳を傾け、南に偉大な小麦農家ありと聞けば、土を掘り返し、小麦をむしゃむしゃ頬張る。

著書に『サッカロマイセスセレビシエ』『食パンをもっとおいしくする99の魔法』『空想サンドウィッチュリー』『パンの漫画2 さすらいのクロックムッシュ氏編』(以上、すべてガイドワークス刊)、『パンソロジー』(平凡社)、編著に『パンの雑誌』(ガイドワークス刊)、『おかしなパン』(誠文堂新光社)、『日本全国 このパンがすごい!』(朝日新聞出版)。

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※掲載されている内容は2018年3月20日現在の情報です。